FUNE
episode.1:貴方に望む、光あれと
[chapter:登場人物紹介]
<カホ>
本作主人公。アイドルユニット『プロミス』の片割れ。
明るく元気で常に笑顔。前向きでまさにアイドルらしいアイドル。
<ユナ>
アイドルユニット『プロミス』の片割れ。
引っ込み思案で内向的。
<マナト>
探偵局FUNEの創始者、リーダー。
<カナエ>
FUNEの財形担当。
<ノゾミ>
FUNEのマスコット。双子の姉の幼女。
<イノリ>
FUNEのマスコット。双子の妹で幼女。
<ミチル>
FUNEのアルバイト。大学生。
何かを求める時、人は何かを失う。
それが自然の摂理であるとかの有名な誰かが口にした。
時は2019年。テクノロジーはあらゆる進化をみせ、飛躍的にAIが進んでいるそんなご時世。ネットの海もまた、荒れ狂う時代を経て目まぐるしく変化を見せていた。
ニコニコ動画、YouTuber、Vtuber、時代の波はくるくると様々な側面をもって人々を娯楽の道へと突き進んでゆく。
そんな時代の中、変化し続ける世の中は有象無象の人の夢を食らってゆく。
生まれては消えてゆく、芸能界の海もまた広大で底が深い。
その荒波の中、二人組アイドル「Promise(プロミス)」は生まれた。そして芽吹く前にそのうちの1人が姿を消したのだった。
彼女たちはネットで知り合い、某動画サイトなどで徐々に人気となり、プロデビューの道を得たユニットだった。ニューシングル発売間近の失踪は今後の活動にも影響が出るのではと考えた少女は、一人きりで捜索する道を選ぶ。
しかし、元々ネットでの知り合いだったため互いの出身地も家族の住んでいる場所もよく知らずすぐに捜索の先は尽きてしまった。途方に暮れた少女はネットにこそ痕跡がないかと探し始める。
そんな折だった。「FUNE(ヒューネ)」と呼ばれる団体の名前を目にしたのは。
【失せ物、探し人、何でも貴方が望むものを探します。……ただし、『 』から】
それは確実に怪しく、ともすれば通常であれば絶対に信用に値しないようなそんな探偵社。彼らは、聞くのだという。
死んだ『人』から、使用していた『モノ』から。
声なき声を聞き、代弁するといういかにもスピリチュアルで、いかにも怪しげな「探偵社」それが『FUNE』という存在だった。
それでもと、少女は。すがる思いで、その探偵社に願った。
――――「彼女」を見つけてほしい、と。
***
不思議な空間だった。
雑居ビルの一室。正直外観は最悪で、一緒に入っているテナントもなんの運営をしているのかひと目で分からないようなラインナップ。風俗店ばかりなのではないかと不安に思い、玄関口で右往左往を繰り返していたほどだ。意を決して中に入っても、不安は消えない。せめて新築のビルであれば少しは怪しさも軽減されるというものだが、年季を感じるエレベータにより不安は増長された。
できればそういう内装を施したのだと思わせてほしい程度には古臭い文字盤。今どき右側から読む文字などそうはなく、右側からの表示が廃止されたのは何時だったっけ? と携帯をそっと取り出してみれば何故か電波が届いておらず、人智の結晶携帯もこれではなんの意味もないのだ。少女は黙って携帯をポケットにつっこんだ。
そんな少女の不安をよそにエレベータは案外と快適で、変に揺れることも到着時に大きく上下するようなこともなく、逆に不気味なほど静かに押した階で停止した。ちん! と音をたてて開いた先をみて、あまりに怪しかったら踵を返して別の方法を探そうと思った少女の目の前に広がったのは。
逆に怪しいとさえ思うほどまともな、年季の入った雑居ビルの中に入っているテナントとは思えないほどキレイかつ、小洒落た空間だったのだ。
「……????」
思わず写真をとった。
おしゃれカフェによくあるシェヴァレには、キレイな文字で歓迎の挨拶と、簡単な案内表があるが、おおよそ少女が来たかった場所のイメージが剥離している。
かわいい花と緑。ブロンズ製の狐の置物の横にはウェルカムの文字。
「た、探偵局? だよね?」
――――失せモノ、探し人、あなたが見つけたいものを探します。
そういう謳い文句を見つけて、藁を掴む気持で問い合わせた先。それが今少女が立っている探偵局『FUNE』だったのだ。その、はずだ。
「どう考えてもおしゃれカフェじゃん……?」
パーティションで仕切られたその先がどうなっているのかは想像もつかない。ドアは閉じられているがそこすらも、デコレーションされている。木目シートを貼り付けた疑似木製ドアの中央には先程シェヴァレの横にちょこんとおすわりしていた狐と同じ狐が表札を持ってぶら下がっていた。
そこには『FUNE』という文字があるには、ある。
「よし、危なかったら帰る、ぞ」
先程圏外表示をされていた携帯を握りしめて意を決して、少女はドアを開けた。
「お願いします、ユナを見つけてほしいの!」
意を決して入ったドアの先に広がっていたのは。
「……?」
先程玄関で感じた違和感を引きずる内装だった。
ドアに取り付けてあったであろうカウベルが柔らかな音を立てて少女の来訪を告げている。天井に取り付けられたシーリングファンが緩やかに回り、ワンフロア吹き抜けのオフィスであろう場所は、右奥にある事務用の椅子と机、パソコンのおかげでなんとか脳みそが誤作動を起こさずに済んでいるだけなのだ。
奥に座っている男がこちらを見ていたようだが、視線は噛み合わなかった。すいとすぐに視線を目の前のパソコンに移動させ、カタカタとキーボードを打ち始める。
年の頃は少女よりも少し上かもしれない。焦げ茶の短く切りそろえられた髪は事務というよりはどこかの運動部所属と言ったほうがしっくり来るような装いだった。
「きた!」
そんな玄関先で立ち尽くしていた少女の目の前に現れたのは、明らかに探偵局には不釣り合いの和装メイド服を着た幼女だった2人。先程必死に脳内バグを処理していた少女の脳は、またぷつりと思考を停止させてしまった。
「????」
「いらっしゃいませお客様~! あ、ご依頼ですかね? とりあえずこちらへどうぞ~」
妙に人懐っこい笑みを浮かべながら部屋の角にあるパーティションのうちから覗くソファへと誘導してきたのは黒いスーツを着た男だった。更に処理が追いつかない。ストライプ柄に襟元のワインレッドが良く映える。まるでホストのような装いだなと少女は思った。そしてそれは表情にまま出ていたようで。
「マナト、胡散臭いって!」
「マナトさま、いつも通りでよろしいのでは?」
出迎えてくれた和装メイド服を着た少女達が笑いながら指摘する始末だった。
「さて、じゃあ聞かせてもらおうか。とりあえずうちの方針としては出来高制だから報酬は終わってからの後払い。金額は一律だからメニュー表確認してね。出来なかったことはないから特に言うことはないんだけど、万が一出来なかった場合は報酬はいらない。ここまではいい?」
先程まで妙なまでにニコニコ愛想よく振る舞っていた男は、相対するソファに腰をかけ、矢継早に言葉を口にした。ざっくばらんな物言いに、こちらが通常の『物言い』なのだろうことは容易に想像がつく。
少女はちらちらと視線をさまよわせてしまう自身を戒めるように目の前に出されたメニュー表を凝視したが、こちらもまたかわいいカフェメニューのような装いで、決した意思が揺らいでしまう。
白い狐のイラストが可愛く、そぐわない崩した手書き風の文字がほっこり空間を演出してくれてしまうのだ。
「あ、あの~」
「はいはい。なんだい?」
「その、あたし、探偵局に……来てます、よね?」
「そうね。そういう場所だからなここ」
「……おしゃれ和洋風狐推しのカフェ、ではなく?」
「……」
目の前の男がバツの悪そうな笑みを浮かべ、がりがりと頭をかきながら肩をすくめる。
「お前らのせいだぞノゾミ! イノリ!」
名前の主であろう子供達が、仕切られたパーティションの先からひょこりと顔をだしてきた。先程出迎えてくれた幼女二人が楽しげに男の両サイドの空いている席に腰をかける。
ぴょんと跳ねるように飛び乗るその姿は愛くるしく、思わず手にかけた携帯を向けないように必死に抑え込んだ。
「最近の流行り!」
「模様替えを行いたいと申し上げたときに、どういったものが良いかお聞きしたのに『何でもいい』とおっしゃったマナトさまのせいでは?」
「……」
マナトと呼ばれた男は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて固まってしまった。両サイドに居る少女たちは男を囲むように配置されているのでまるで和装カフェで女の子をはべらせているような図になっているなあ、などと少女は表情筋を必死に抑え込みながらコントのような応対を見守っている。
「昨今、意見を言わない旦那様に奥様がよくやる手法だとこの前週刊誌で読みました」
「ノゾミ、この前行ったカフェいいな~って思ったからね、何でもいいなら好きにしようってイノリと相談したんだ~」
「……ということです。姉さまの望みを叶えるのが私の望みですので。……あ、お姉さま。申し訳ございません、お話続けてくださいね」
突然話をふられ、少女はただただ頷いた。
イノリと呼ばれた少女は見た目らしからぬ話し方をする子供だった。片方に寄せた大ぶりのみつあみに藍色ベースの着物。フリフリとしたエプロンが逆に不釣り合いに見えるほど落ち着いた雰囲気を醸し出していた。おおよそ子供とは思い難い丁寧で物言いはやや毒を含んでいるようにも感じられ、地頭の良さを感じる。
対してノゾミと呼ばれた少女は、年相応の言葉遣いに見受けられた。イノリが丁寧だからかもしれないが『姉』というワードがなければ、ノゾミが年下だと思ってしまうほどだ。大きなつり目の瞳に切りそろえられたショートボブは少女が楽しげにリアクションを取るたびにさらさらと揺れる。イノリとおそろいの着物は茜色の装いで、はつらつとした少女にはピッタリだ。
「うるさい事務所で申し訳ありません。カフェではありませんけれど、よろしければどうぞ」
「!」
少女は驚き弾かれたように身をのけぞらせた。声のする先にいたのは、スーツ姿の男だった。マナトとは正反対のオフィスで仕事をしております! と名札をつけて歩いているような、品行方正なサラリーマンの装いだ。
肩まで伸びた髪をサイドでゆるく縛り赤い紐で結ばれている様は、美形でなければ許されないようなセットアップなのだが、上から下をどう見ても二次元から飛び出してきたような装いの男なので少女の頭がゆるく思考を停止した。
全体で見ればどうにもやはりサラリーマンなどではないのだが、ありえないオンパレードのオフィスで思考が鈍っている少女の脳内は誤作動を起こしたままだ。
「……あ、ありがとうございます」
「いえ」
物腰もスマートで、まるで執事喫茶にでも迷い込んでしまったのではと思うほどに所作が洗練されている。手袋をしているからかもしれないな、と少女は死んだ思考でぼんやりと思った。
ここはアイドル養成所なのかもしれないなぁ、などという現実逃避を初めた少女の思考をつなぎとめたのは、男が少女の目の前に置いたカップだった。
「か、かわいい!!!!!」
「ありがとうございます。ラテアートは最近初めたのですが、お気に召して頂けたのであれば幸いです」
真っ白な泡の上にちょこんと鎮座していたのは、先程玄関先で見かけたブロンズの狐だった。デフォルメされた狐が愛らしい。
「あ~~!! いいないいな、ノゾミも飲みたい~!」
「姉さまが飲むなら私も頂きたいです、カナエさま」
「ではあちらに行きましょうか。カホさまのお邪魔をしてはいけませんし」
「?」
「失礼いたします」
カナエと呼ばれた男は、幼女二人を引き連れてフロアの奥へと消えていったが、少女の疑問は晴れなかった。
(あたし、名乗った?)
「さて、話を戻そうか。君が探しているのは……この子でいいのかな」
「あ、はい! ユナって言って……あたしの大事な友達で……っ」
事前に送っておいた写真を目の前にしてしまえば、先程感じた疑問など些細なことなのだと少女の頭は認識た。自身がなぜここにいるのかを思い出す。
そう、いなくなってしまった友人を。
大事な相方を。
大事な……。
「ユナを、探してください」
「もちろん。失せ物探し人、誰でもない君のために探し出すのが俺たちの仕事だからね」
探し出したいのだ。
いなくなってしまった、大事な片割れを。
大事な、友人を。
大事な。
「ユナを、さがして」